母親の存在
3月も1/3が過ぎようとしていますね。
日中もだいぶ暖かくなってきましたが、まだ朝晩は冷え込みますね。
先週、今週と天候が安定せず、体調を崩す利用者さんたちも多くいらっしゃいました。
ご病気をお持ちの方々は本当に敏感ですね。
自分が感染源にならないようにマスクは必須です。
さて、
タイトルにもありましたが『母親』について考えさせられた出来事をお伝えします。
訪問業務とは全く関係ないので、興味があれば読んでください。
私も妻も働いており、妻の方が朝早く出て夕方も遅くなることが多く、
2人の子どもの幼稚園・保育園の送り迎えのほか、
朝はご飯、着替え、歯磨き、連絡ノート記入、洗い物、
夕方は夕飯作り、風呂準備、洗濯物たたみ、など割と子どもと接する時間も多く、子育てしている実感があります。
イクメン自慢に聞こえるかもしれませんが・・・
これは私の方が自宅と職場が近く、環境的には必然的にやらなければならない状況なのです。
まあ、それは置いといて、
今週は上の子と妻が体調不良で静養を余儀なくされ、いつもの役割に「看病」も追加されました笑。
子どもは体調が割と早く回復し、元気になりましたが妻はまだ寝込んでいるわけですよ。
できるだけ2人の子どもと母親を離しておきたいところですが、
そういうときに限って母親から離れないんですよね。子どもは敏感に感じ取っているんですね。
特に寝るとき。
いつもは父親である私と居る時間が長く、私になついても良いはずなのに、
やっぱり寝るときは母親。
先日、妻が仕事で泊まりで家を空けたとき、
夜寝るときに上の子が「ママいなくて寂しい・・・」といって涙を浮かべたとき、
「ごめん」となぜか謝ってしまっていました。
改めて、「母親」って子どもにとってとても大きな存在なんだと思いましたね。
父親がいかに主夫業をやっていても、やっぱり子育ての中心は母親。
そう考えると、
働く職場の環境としても、できる限り子育て中の母親を支援できる環境を整えていくことが、
子どもの成長を良い方向にしていくのかなと。
それが父親であり、上司であり、管理職であり、経営者である人たちの役割か。
これが性差別と捉えられる方もいるかもしれません。
差別って、マイナスの言葉と考えられているので、冷遇とウィキペディアに書いてあったけど、
むしろ待遇を良くする場合が(差別ではない、区別?)あっても良いんじゃないかなと。
男性の育休制度も推奨されてきているから、男性の子育て支援も進んできているとは思うけど、
それは母親のサポートであって、やっぱり子どもにとって母親は特別。
そう思わずにはいられなかった出来事でした。